おう、今日のテーマは“SDGs”だ。
もう、この単語を聞いただけで「なんか意識高い系の話かよ」って身構えるヤツ、多いだろ?
わかる。俺だって最初はそうだった。
「S・D・G・s」って言われても、ロックンロールの新しいバンド名かと思ったぐらいだ。
でもな、人事部長として何年も現場を見てきて思うんだよ。
**“理解度が浅いまま、言葉だけが独り歩きしてる”**って。
掲げてる会社は多い。パンフレットにもサイトにも出てくる。
「当社はSDGsに取り組んでいます!」って。
でも、その実態を聞くと「ペットボトルのキャップを集めてます」とか、「残業を減らしてます」くらいで終わってる。
悪くない。けど、それってSDGsの“ほんの一部分”でしかない。
そして人事としての俺の立場から言わせてもらうと、
「SDGs=採用・評価・育成・定着の4領域にどれだけ真剣に反映できてるか」
そこを語らなきゃ、絵に描いた餅だってことさ。
◆SDGsの本質を、人事の現場に落とし込め
まず、SDGsってのは“持続可能な開発目標”。
要は、地球も社会も会社も「長く回していくための約束ごと」だ。
だけど、この“持続可能”って言葉がまたクセモノでな。
みんな地球環境とかエコとかに頭が行きがちなんだけど、
俺から言わせりゃ、人事にとってのSDGsとは
**「人が持続可能であること」**なんだよ。
社員が燃え尽きず、メンタルを壊さず、家庭も社会も大事にしながら働ける環境。
これがなければ、どんな理念を掲げても持続なんかしない。
だから、SDGsを人事の視点で“狭義に”見るとこうなる。
「社員が心身ともに健やかに働き続けられる仕組みを整え、
多様な人材が自分の価値を発揮できるようにすること。」
つまり、人事が担う“持続可能性”ってのは人材のエネルギー循環の最適化なんだ。
会社が一方的に搾取して燃料切れにさせたら、それは地球を汚すのと同じ構図。
CSR(企業の社会的責任)や環境配慮と同列に、社員を守ることがSDGsの一環なんだよ。
◆SDGsゴッコをやめて、採用から変えろ
ここからはちょっと現場の話をしようか。
最近の採用説明会で、学生たちは「御社はSDGsにどう取り組んでいますか?」って平気で聞いてくる。
俺たちの時代には考えられなかったよな。
でも、これが今のリアルなんだ。
つまり、会社の倫理観や社会的意義を見られてるってことだ。
だから、「我が社はペーパーレス化を進めています」じゃもう弱い。
人事が考えるべきは、**“採用プロセスそのものが持続可能かどうか”**だ。
たとえばこうだ。
- 応募者が過剰に書類を出さなくても評価できるシステムを作る。
- 面接で「働き方」「価値観」「心理的安全性」をきちんと話す時間を設ける。
- 採用担当者自身の残業時間を減らし、面接精度を上げる。
こういう地味な取り組みのほうが、よっぽどSDGs的なんだよ。
人に優しく、システムに無駄がなく、未来に繋がる採用。
これが、俺の考える“狭義のSDGs採用”ってやつだ。
◆人事評価における「公平性」もSDGsだぜ
SDGsの17の目標の中に、「ジェンダー平等を実現しよう」ってのがある。
だが、これを“男女比”の問題に矮小化してる企業が多すぎる。
それは入口の話にすぎない。
本当に重要なのは、“評価の公平性”だ。
たとえば「リーダーシップ=声が大きい人」っていう評価軸がある会社、まだ多いだろ。
でも、SDGs的に言えばそれはアウトだ。
静かにチームを支える人もリーダーシップを発揮している。
その多様な貢献を見える化し、正当に評価する。
これこそが、人事に求められるSDGsマインドなんだ。
評価制度を刷新するってのは、ロックで言えばチューニングの再定義みたいなもんだ。
音が合ってないのにライブを続けても、誰も幸せにならねぇ。
全員が気持ちよく音を鳴らせる状態――それが“サステナブルな人事評価”ってことさ。
◆「多様性」は飾りじゃねぇ、リアルな戦力だ
SDGsが注目される理由のひとつに“ダイバーシティ”がある。
だけどこの言葉も、最近はポスターやパンフレットの常連で、
正直“表面的”に使われすぎてる。
多様性を認めるってことは、単に「性別」「国籍」「年齢」のバランスを取ることじゃない。
異なる価値観や働き方を、本気で共存させる度量を持つこと。
つまり、会社のルールや評価制度を「みんな同じ」にするんじゃなく、
「それぞれ違っていい」に最適化していくことなんだよ。
たとえば、ある社員が在宅勤務を選び、別の社員がフル出社を望む。
これを“どちらが正しいか”で議論してるうちは、まだ昭和の会社だ。
SDGs的に言えば、どちらも選択できる余地を作ることが持続可能な仕組みなんだ。
人事としては、そこに制度設計のセンスが問われる。
ロックで言うなら、ベースとギターが違う音色を出してるのに、
「お前も同じ音に合わせろ」って言うのはナンセンスだろ?
それぞれの個性があるからグルーヴが生まれる。
それが“本物のダイバーシティ”だ。
◆働き方改革とSDGsは同義語だと思え
「働き方改革」って言葉も、もう何年も前から聞き飽きたけど、
実はあれ、SDGsの根幹にある考え方なんだよ。
“労働時間の短縮”とか“有給取得率の向上”は、単なる数値目標じゃない。
人が長く健康に、誇りを持って働ける社会を作ること。
それこそがSDGsが目指す「持続可能な社会」なんだ。
人事がやるべきは、制度の整備だけじゃない。
マネージャーたちの意識改革も含めて、
「人をすり減らさずに成果を出す文化」を育てることだ。
ここで重要なのが、“心理的安全性”。
つまり、ミスしても叩かれず、意見を言っても浮かない職場。
これがない限り、いくら残業を減らしてもSDGsにはならねぇ。
俺の経験上、心理的安全性の高いチームは離職率が低い。
そして、新しいアイデアも出やすい。
まさに、“サステナブルな人材開発”そのものだ。
◆人事制度のゴールは「地球を救う」ことじゃなく「社員を救う」ことだ
SDGsって言葉を聞くと、地球の未来とか、国際的な責任とか、
どうしてもスケールがデカく聞こえる。
だけど、俺はあえてこう言いたい。
「SDGsは、あなたの隣の席の社員を救うための仕組みだ。」
たとえば、介護をしながら働く社員。
産休から復帰してキャリアに悩む社員。
メンタル不調で休職から戻る社員。
そういう一人ひとりの「働き続ける力」を支えること。
それが人事のSDGsなんだ。
それを制度・評価・カルチャーにまで落とし込むことができたら、
会社は間違いなく強くなる。
サステナビリティってのは、“やさしさ”じゃなく“仕組み”だ。
想いだけじゃ続かない。
制度・評価・教育・経営の全てをつなげてこそ、本当のSDGsだ。
◆ロックな締めくくり:理念だけじゃ鳴らせねぇ音がある
俺がこの仕事をしてきて思うのは、
“理念は音符じゃない”ってことだ。
SDGsも同じ。
掲げるだけじゃ音は鳴らない。
鳴らすためには、社員ひとりひとりがその楽譜の一部にならなきゃいけない。
企業が掲げるSDGsの中には、必ず“人”が中心にいる。
環境も、経済も、社会も、人なしでは語れない。
だからこそ、人事がその心臓部を担う。
俺はロックな人事部長として言うよ。
SDGsは、地球を救う歌じゃない。会社を、そして働く人を生かし続けるためのリズムだ。お前の会社のSDGsは鳴ってるか?
もし音がズレてるなら、今こそ再チューニングのタイミングだ。
ペットボトルを洗う前に、まず“働く人の心”を磨こうじゃねぇか。

