「ワークライフバランス」――ずいぶん耳に心地よい響きの言葉だ。
でもな、人事部長として何十年も会社の“ステージ裏”を見てきた俺に言わせれば、
この言葉ほど誤解されているものもない。
多くの人が「仕事と私生活を半々に」とか、「休日を増やせば幸せになる」と考える。
だが、ギターとベースを同じ音量で鳴らしたところで、名曲が生まれるわけじゃない。
ロックンロールは、リズムとメロディがぶつかり合って初めて成立する。
そう――ワークライフバランスとは、均等ではなく調和のことだ。
今回は、その“調和”の真意について、人事部長としての俺なりの解釈を語ってみようと思う。
第一章 「働く」と「生きる」を切り離すな
まず言っておきたいのは、“働く”と“生きる”は別々の行為じゃないということ。
日本では長らく「仕事=我慢」「私生活=癒し」という二項対立で語られてきた。
まるで、仕事が敵で、人生が味方みたいに。
俺が新入社員だった昭和の終わり頃、上司は酔いながらこう叫んでいた。
「会社に人生を賭けろ! それが男の道だ!」
当時はそれが当たり前だった。
でも、あの上司だって、家族を養うため、仲間を守るため、懸命に働いていたんだ。
「働くこと」が「生きること」と切り離されていなかったからこそ、
あの時代の会社には熱があった。
だが令和の今、俺たちはもう少しスマートにならなきゃいけない。
仕事も人生の一部であり、プライベートの経験も仕事を豊かにする。
この“循環”を理解しない限り、どれだけ制度を整えても、
真のワークライフバランスは生まれない。
第二章 「定時退社」と「燃え尽き」の狭間で
最近、「定時で帰る文化が進んでます」なんて胸を張る企業も増えてきた。
それはそれでいいことだ。
でも、俺はこう問い返す。
「その分、社員は仕事に誇りを持てているか?」と。
バランスを「量」で測ると、どこかで歪む。
“時間を減らす”だけじゃなく、“密度を上げる”ことも忘れちゃいけない。
ただダラダラ残業しても意味はないが、
心を込めて働く数時間は、人生のスパイスになる。
ロックな生き方をするなら、仕事でも燃えろ。
でも、燃え尽きるな。
炎を消さず、燃やし続ける。
それが本当のワークライフバランスだ。
ライブで言うなら、アンコールの声が聞こえても、
体力を温存して次のツアーを見据える。
“全力”と“持続”の間にこそ、プロのバランスがある。
第三章 人事が見てきた「バランスの方程式」
長年人事をやっていると、ワークライフバランスが上手い人に共通点があるのが分かる。
それは、「自己決定感」と「信頼関係」だ。
まず、自己決定感。
働き方を“自分で選べている”という感覚があるかどうか。
リモートを選ぶのも、出社を選ぶのも、残業をするのも、すべて“自分の意志”であること。
この「選んでいる」という意識が、人の幸福度を何倍にも引き上げる。
次に、信頼関係。
「見ていないとサボる」と思っている上司がいる職場では、
どんな制度を導入してもバランスは崩れる。
信頼があるからこそ、自由が活きる。
管理よりも信頼。監視よりも対話。
これが現代人事の根幹だ。
心理的安全性のあるチームは、ワークライフバランスも自然と整っていく。
なぜなら、誰も“無理”をしていないからだ。
「できないことを隠す」「我慢を美徳とする」文化がなくなれば、
仕事と生活のリズムが自ずと調和する。
第四章 家庭・趣味・仕事、それぞれが奏でるリズム
家庭はベース、仕事はドラム、趣味はギター。
どれか一つでも欠けたら、人生というバンドは音を失う。
俺の部下に、こんな奴がいた。
「子どもと公園で遊んでいると、突然いい企画が浮かぶんです」と言う。
それだ。
プライベートが“休息”ではなく、“インスピレーションの源”になっている。
この循環こそ、理想のバランスだ。
仕事しかしていない人は、ある意味では“単音”の人生だ。
悪くはないが、深みが出にくい。
人間には複数のリズムが必要だ。
ベース(家庭)で安定を、ドラム(仕事)で推進力を、
ギター(趣味)で表現を得る。
音楽で言えば、これが“グルーヴ”だ。
人生のテンポは揺れていい。
揺れながら進むから、リズムになる。
第五章 バランスは「静止」ではなく「グルーヴ」
バランスというと、人は「静止した状態」を思い浮かべる。
でも、本当のバランスは“動的”なんだ。
ライブ中のドラマーを見てみろ。
前のめりになったり、後ろに流したりしながら、
全体のテンポを感じ取っている。
それが“ゆらぎ”であり、“ノリ”であり、“命の拍”だ。
人生も同じだ。
仕事がハードな時期もあれば、家庭を優先する時期もある。
どちらかに傾いた瞬間を「失敗」と思わなくていい。
大事なのは、倒れずに揺れ続けることだ。
ワークライフバランスとは、完璧な天秤じゃない。
揺れながらもリズムを保ち、音を止めない。
そのグルーヴ感こそが、生きる知恵であり、働く歓びだ。
第六章 経営と人事の責任
経営者に言いたい。
ワークライフバランスは「コスト」じゃない。
それは「再生の仕組み」だ。
社員が健康で、家庭を大切にし、
趣味に打ち込む――そんな環境こそが創造性の母体になる。
疲弊した頭からは、新しい発想は出てこない。
やる気を絞り取るより、やる気が湧き出す環境を整える。
これが、これからの人事・経営の使命だ。
会社は音楽スタジオのようなものだ。
環境を整えれば、どんな人でもいい音を出せる。
制度、評価、対話――それらはチューニングノブのようなもの。
社員という楽器の響きを最大化するのが、俺たち人事の仕事だ。
エピローグ:人生というライブツアー
人生は一度きりのライブツアーだ。
ステージの数だけ汗を流し、アンプが壊れたら修理し、
音を外しても構わない。大事なのは、音を出し続けることだ。
仕事もプライベートも、結局は同じステージの上にある。
どちらも自分の演奏だ。
だから俺は社員たちにこう言う。
「お前のリズムを信じろ。
仕事のテンポも、人生のテンポも、
誰かに合わせる必要はない。
自分のグルーヴで進め。」
ワークライフバランスとは、
“働く時間を減らすこと”でも“遊ぶ時間を増やすこと”でもない。
それは、自分の人生という楽曲をどうアレンジするか――
その自由と責任の物語なんだ。だから、今日も俺は叫ぶ。
「バランスを恐れるな。自由を鳴らせ!」

