セクハラなんてダサすぎるぜ!

どうも。今日も人事部長席でギターのピックを指先で回している、ロックな人事部長だ。
俺がギターを握るときも、会議でマイクを握るときも、信念はひとつだ。「人をリスペクトしろ」
それがロックンロールの原点であり、人事の根幹でもある。

で、今日はあえて言う。
セクシャルハラスメント(セクハラ)なんて、ダサすぎる。
もう、時代錯誤どころか、人間としてのチューニングが完全に狂ってる。

目次

「冗談のつもり」が一番タチが悪い

そんなつもりじゃなかった

冗談だよ、そんなに怒るなよ

――セクハラの相談を受けるたびに、このフレーズを聞く。

悪気がない、という人もいる。
でもな、「悪気がない」のは免罪符じゃない。
それは、相手の感情を想像できていない証拠だ。

たとえばライブハウスで、観客の誰かに勝手に触れたらどうなる?
音楽の熱狂を理由にしたって、それはただの暴力だ。
同じことが職場でも起きている。
「飲み会のノリ」「かわいいから」「ちょっと褒めただけ」――
そう言って相手を傷つける行為が、いまだに根を張っているのが現実だ。

セクハラは“権力の乱用”の一形態だ

セクハラってのは、単なる「男女間の問題」じゃない。
パワーバランスの崩れた環境で起こる、権力の乱用なんだ。

上司が部下に下心まじりの発言をする。
取引先が若手社員を飲みに誘って断れない空気をつくる。
「断ったら評価に響くかも」と感じさせる――これこそがセクハラの本質だ。

つまり、相手の自由を奪うことが問題の核心なんだ。
「言われた側の受け止め方で判断される」なんて法律文言があるが、
その根拠はここにある。
権力関係を背景にした言動は、相手の意志を封じるからだ。

人事の現場で多くのケースを見てきたが、共通するのは、
加害側が「俺のほうが立場が上」という勘違いに酔っていることだ。
――それ、ロック的に言えば最もダサい構図だぜ。

“口説く自由”と“職場の秩序”は別モノだ

時々、年配の経営者がこう言う。

昔は男女の軽口なんて普通だった

恋愛の芽を摘むような会社になりたくない

うん、言いたいことはわかる。
恋愛は人間の自然な感情だ。職場恋愛も否定するつもりはない。
だけどな――それとセクハラはまったく別物だ。

ロックに例えるなら、
恋愛は即興のセッション。相手と音がかみ合えばハーモニーが生まれる。
でもセクハラは、相手の楽器を奪って一方的に音を鳴らす行為だ。
それは音楽じゃない。ただのノイズだ。“口説く自由”を履き違えるな。
相手が不快に感じている時点で、それは自由ではなく侵害なんだ。
自由と無礼を混同するな――それが、現代の働く大人に求められるリテラシーだ。

「セクハラ防止研修」は“形式”じゃなく“再チューニング”だ

正直言って、俺も若いころは軽口を叩いたことがある。
当時は「場を和ませてるつもり」だった。
けれど、今思えば、あの沈黙していた後輩の顔――忘れられない。
あれは「笑ってごまかした表情」じゃなく、「我慢してる顔」だったんだ。

だから今、会社でセクハラ防止研修をやるとき、俺はこう言う。
「これは“説教タイム”じゃねえ。“再チューニングの時間”だ」と。
ギターだって、弦が伸びたままじゃいい音は出ない。
人の意識も同じだ。
時代が変わるたび、感覚をチューニングし直さないとズレていく。
「令和の常識」に耳を傾ける、それがプロフェッショナルの姿勢だと思う。

“見て見ぬふり”も、同じステージに立っている

セクハラの現場でよくあるのが、「誰も止めなかった」という状況だ。
誰かが傷ついているのに、周囲が沈黙する。
理由は簡単だ。「自分が巻き込まれたくないから」。

でもな、ロックバンドで考えてみろ。
メンバーの一人が明らかに間違ったリズムを刻んでいるのに、
誰も止めなかったらどうなる?
ステージ全体が崩壊する。

職場も同じだ。
ひとりのモラルハザードは、チーム全体の信頼を壊す。
見て見ぬふりをするのは、共犯だ。
だから俺は言う――「黙ってるやつも、同じステージの上にいる」

声を上げる勇気を持て。
それが、ほんとの意味で“ロックな職場”をつくる行為だ。

「ハラスメントゼロ」は理想じゃない、戦略だ

セクハラ防止って、会社のコンプライアンスだけの話じゃない。
経営戦略なんだ。

なぜなら、ハラスメントが横行する職場は、
イノベーションも人材も、どんどん離れていく。
誰も安心して意見を言えない環境に、創造性は生まれない。

逆に、尊重が根付いた職場は、挑戦の温床になる。
多様な価値観を持ったメンバーが本音で語り合える。
それはつまり、バンドで言えば最高のジャムセッションだ。
誰かの音を否定せず、聴き合い、重ね合う――その中から名曲は生まれる。

経営陣にも言いたい。
「セクハラをなくすこと」は、CSR(社会的責任)じゃなく、
ESR(経営の生存戦略)だと。
人を尊重できる企業だけが、これからの時代を生き残る。

告発は“裏切り”じゃない、“勇気の発露”だ

セクハラ相談を受けたとき、被害者が最初に言う言葉がある。
「こんなことを言ったら、裏切りになりますか?」

違う。全然違う。
それは裏切りじゃない。
信頼を取り戻すための勇気の行為だ。

沈黙を続けるほうが、よほど組織を壊す。
だから人事として、俺は必ず寄り添う。
「君の声は、誰かを救う第一歩だ」と。

そして、会社として動くときも忘れちゃいけない。
加害者を“悪魔化”するんじゃなく、
行為そのものを正面から否定し、
再発防止と教育に全力を注ぐ――
これが本物の組織対応だ。

“愛”と“セクハラ”の境界線は、リスペクトで決まる

最後にもう一度、ロックンロールの精神に戻ろう。

ロックの世界にも「愛」と「性」はよく出てくる。
だけど本物のロッカーは知っている。
そこにあるのは、リスペクトの上に成り立つ表現だってことを。

セクハラは、リスペクトの欠如だ。
相手を一人の人間として見ず、所有物のように扱う。
そんなのは愛でもロックでもない。

だから俺は言う。
セクハラなんて、ロックじゃない。人としての音が外れてる。

真のロックは、人を自由にし、尊重し、鼓動を共鳴させるものだ。
職場もそうでありたい。
みんなが安心して自分の音を鳴らせる――そんなステージをつくるのが、
俺たち人事の使命なんだ。

エピローグ:Respect is the Anthem

もし今、君の職場でセクハラが見過ごされているなら、
それは「チューニングが狂ったバンド」みたいなものだ。
放っておけば、音楽は崩壊する。

でも、チューニングはやり直せる。
一人ひとりが意識を合わせ、リスペクトというコードを鳴らせばいい。
そのハーモニーが、組織を、社会を、未来を変えていく。

だから今日も俺は叫ぶ。
「Respect is the Anthem!」
セクハラに沈黙する時代はもう終わりだ。
人を敬い、信じ合い、堂々と生きる。
それこそが、ロックであり、人事であり、俺たちの生き方だ。

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この記事を書いた人

第二次ベビーブーム/団塊ジュニア/就職氷河期一期生

サラリーマン時代の最高年俸は2000万円。
現在は複数の会社役員として活動中。
業績不振企業の再建で半期に2億円の収益改善を達成。給料を下げない「戦略的ジョブホッパー」として転職・出向を重ね独立。

新型コロナ期にオンライン転職相談を実施し、3桁超のカウンセリングを担当。

求職者支援と企業コンサルの双方に対応できることが強み。

経験企業:一部上場企業からベンチャーまで
経験事業:製造、小売、コンサル、医療、金融、広告、システム開発、リサーチ、モバイル、通販、メディア運営、ウェブベンダー
経験職種:営業・開発・マーケティング・コンプライアンス・経理・人事総務・経営企画・取締役

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